精神分析のページ

Sigmund Freud 1856-1939
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精神分析とは
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| フロイト(S. Freud)によって創始されたもので、「精神分析」という用語を最初に用いたのは、1896年『神経症の病因』、次いで『防衛神経精神病に関する補遺』の中においでであると言われています。精神分析とは、(1)人間の言葉、行動、空想、夢、症状などの無意識的意味を理解する心理学的な解明方法、(2)上記の心理学的解明方法を基本手段として、抵抗、転移、心的葛藤の認識とそれに対する治療者の解釈(説明−伝達)、逆転移の洞察によって特徴づけられる精神療法、および(3)これらの精神分析的な解明方法と精神療法によって得られた一連の心理学的精神病理学的理論、の三つの意味をもっています。精神分析理論の基本的見地としては、(a)局所論(意識、前意識、無意識)、(b)構造論(エスまたはイド、自我、超自我)、(c)力動論(欲動、防衛機制など)、(d)エネルギ−経済論、(e)発達論、(f)適応論などがあります。 |
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境界性人格障害と精神分析療法
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境界性人格障害の精神療法には、認知行動療法や他の精神療法が適用されることがありますが、古くから境界性人格障害には、精神分析療法が有効であると言われてきました。また、境界性人格障害という疾病概念自体も精神分析の影響を多大に受けています。精神分析療法は一回1時間週4回以上、カウチとよばれる寝椅子に横たわり自由連想法という催眠に近いかたちで心に浮かんだことをありのままにしゃべり、言葉につかえたりある話題を避けたりするいわゆる抵抗と呼ばれるものを示す箇所を観察し、そのクライエントの心的外傷(トラウマ)がどのようなものかを洞察し、解釈を与え、クライエントがそれを意識化することで治療を進めていくというのが本来の伝統的なスタイルでした。しかし、現在はクライエントの経済的、時間的負担が大きいことなどから、週1〜2回40〜50分程度のソファーなどでの対面式の面接が主流になってきています。これを精神分析的精神療法と呼びます。現在の境界性人格障害の精神分析もこの精神分析的精神療法の形式で行われることがほとんどです。この際、境界性人格障害の患者さん本人の自覚や気付きを重視し、治療者はあまり解釈などは行いません。患者本人の言動と欲求を結び付ける自己洞察を深めることを行なっていきます。このため、この治療に適合するのは、ある程度以上の安定した現実検討能力と内省力を持つ患者さんです。この治療法では、治療関係で生じる転移を積極的に治療に利用しようとするスタンスが特徴的です。境界性人格障害の精神分析的精神療法による治療に要する期間は通常5年以上と言われています。精神分析を私なりに解釈すると「こころの奥のわだかまりのようなものに気付き、それを抱え、味わい、言葉にして、相手(精神分析治療者)に伝え、伝わらない歯がゆさを感じ、そのうちに伝わり始め、伝わったときの喜びをあらためて感じる、といった一連の作業を繰り返していくうちに、自分の中のいろいろなものがつながったり、整理されたりして、自分というものに気付いていき、さまざまな状況にも耐えうる自我を育てていく過程のようなもの」だと思います。 |
Otto.F. Kernberg 1928〜
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境界性人格障害と防衛機制
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| 境界性人格障害を精神分析的観点から見た場合、境界性人格障害の患者さん特有の防衛機制(外部の驚異や不安などから自我を守ろうとする自我の無意識的な働き)がいくつか挙げられます。なかでも、下記に挙げる原始的防衛機制は、分裂を基盤とし、分裂をより強めて維持するためのいくつかの防衛機制の総称で、すべて境界性人格障害によく見られるものです。 | |
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分裂
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スプリッティングと呼ばれる。自我が弱い場合、状況のあいまいさや複雑さに耐えられない。そこで、どちらかの極に片寄せて、状況や相手を割り切ることで解決する。疑問や迷いを排除するために表象(イメージ)を分割しておくのがこの防衛の基本的手段であるが、そこからさまざまな自我の病理が派生する。もうひとつ重要なのは、この防衛によって分裂しているのは表象の世界ばかりでなく、欲動の世界も分裂しているということである。すなわち欲動(リビドーと攻撃性)もそれぞれに分裂した表象世界の活性化に伴って刺激され誘発されてくるために、分裂したままで融合せず、極端な性質をもちつづける。自我の成長や自我活動に使えるエネルギーとは、欲動が融合し、さらに自我による中和を経て中庸の性質となったものである。分裂によって自我が成長しないのは、自我にエネルギーが供給されないためでもある。 |
| 原始的理想化 | 分裂したよい対象表象を理想的によいものに仕立てることによって、わるい対象に破壊されないように守ると同時に、よい自己表象を守るものとして使う防衛。より高次の理想化が、対象への攻撃欲動とこれに伴う罪悪感を背景とし、その反動形成的な表現であるのに対して、原始的理想化にはこうした複雑な分化した感情は伴っていない。したがって、理想化した対象に密着するけれども、それは共感や愛情を伴った依存ではなく、自分の身を守る保護膜としての役に立たなければ、容易に脱価値化され捨て去られることになる。 |
| 脱価値化 |
欲求不満を起こさせる(わるい)対象を極端におとしめ、価値のないものとみなす防衛。一時は理想化された対象であっても、自分の期待どおりの保護や充足を与えないとその価値は一挙に引き下げられる。相手を無価値なものとみなす防衛には、期待に応えない相手に対して激しい怒りが生じ、その価値をおとしめることで報復するという目的、そのように激しい怒りを向けた相手はまた自分を脅かし迫害するであろうと予測されるので(この予測の背後には投影が働いている)、その迫力を弱めようとする目的、理想化した相手が期待どおりでなかったという残念さやさびしさを感じないようにする目的、などがある。理想化も脱価値化もともに、分裂を強化し維持する役割を果たしている。 |
| 取り入れ(摂取)と万能感 | これはよい自己を極端に強めて維持する防衛である。理想化された対象を取り入れて、何事も思いのままになる、すべてを支配できるといった万能感が形成される。理想化した対象に密着し、服従しているように見える状態でも、根底には万能的幻想が維持されており、実は理想化した対象を保護膜や武器として使用している。この万能感が傷つけられることも激しい怒りや復讐心を起こさせることである。対象を脱価値化する場合にも、自分はそうする権利や力があるという万能感を維持している。 |
| 原始的投影 |
自分の内面にあると認めがたい感情や欲動を、他者がもっており、自分に向かってくるものとして逆転させるメカニズムは高次の投影と共通しているが、背景に分裂があるゆえに投影されるものが激しい感情であったり極端に偏った思考であったりするところが、原始的投影の特徴である。投影によって悪い表象を自己の外へ出してしまう結果、外界や他者が危険なものとして感じられ、迫害的恐怖を体験することになる(これに対するさらなる防衛として脱価値化が生じる)。理想化した対象によって理想的に保護されるという投影もありうる。しかし、すでに述べたように境界人格構造をもつ成人は、わるい自己および対象表象が肥大しているために、理想化が崩れやすく短期間しか持続しないのが常である。 |
| 投影性同一視(投影同一化) | これについてはさまざまな解説がなされているが、共通の理解は次のように要約できよう。すなわち、境界人格構造をもつものは、投影をしてもそれだけでは自分の感情を処理しきれず、(投影によって)相手に担わせた攻撃性を自分の中にも感じつづけている。そこで、相手からの報復に怯えると同時に自分からも攻撃欲求をもち、相手に投影した感情にさらに同一化する形で攻撃をしかける。このような内面の動きに従って行動するゆえに、自分の怒りや敵対関係に他者を巻き込み、実際に他者から怒りを引き出し、それに対して報復することになる。そうなるのは、自我境界がまだ未熟で、感情の交流が強まるとともに自他の区別があいまいになることや、万能的支配の願望が強いことなどによると考えられる。 |
| 原始的否認 | とくに原始的といわれる否認とは、分裂を強化する性質の否認を指す。この防衛ゆえに、ある時期やある状況での自分の考えや感情にもとづく言動が、他の時期や状況でのものと逆転している事実に気がつかないか、気づいていてもそのときの気持ちを連続的に理解したり情緒を伴って想起したりできない。したがって感情の葛藤状態を体験しないですむという効用がある。理想化や脱価値化は否認を背景とし、また否認を強化している。 |
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