27.我慢と諦めは違う



 面接回数をすでに100回を越えた精神分析のカウンセリング中に、カウンセラーの口から出た言葉。ちなみに、私komorebiは、この日主治医から「もはやあなたは境界性人格障害でも自己愛性人格障害でもありません。単なるうつ病です。」と告げられました。精神分析でも、来年(2005年)2月頃には治療を終結しましょうか、という話題が最近メインになってきています。

 しかしながら、私komorebiは、これまでを振り返ると、いろんな辛いことを我慢して、我慢して、溜め込んで、溜め込んで、結局最後に爆発してしまうか、自分を傷つけてしまってきたように思います。最近はホントに我慢強くなったなと、つくづく自分でも痛感していますが、我慢も時と場合によっては、身体によくないようです。ですから、この言葉を聞いてから、我慢することより、気持ちを整理し、極力言葉に出したり、出せなかったらそれはそれで割り切って、「まあいいか」と思えるようになりました。

 「我慢と諦めは違うと思います。我慢するということは、そのことに不満を持っていて、納得できないまま取り繕いで耐え忍ぶことで強いストレスになります。諦めるということは、たとえそのことにそのことに不満を持っていても、頭でも、気持ちでも納得した上で、割り切って、現実をあるがままに受け止め、やむをえないこととして受け入れること。これはストレスが溜まりにくいんです。だから、諦めるためには、落ち着いて、冷静で客観的な言葉のやりとり、会話や対話が必要なんですよ。」

 私は大学で哲学を専攻していたのですが、哲学用語で「諦観(ていかん)」とか「諦念(ていねん)」という言葉があります。これは、「悟りあきらめること、超然とした態度をとること」を意味します。これだけ見ると、なんかニヒルで虚無的な冷めた感じがしますが、私はもっと現実に根ざし安定的な余裕のある状態のことを指しているように感じます。

 とくにBPDの治療、うつの治療においては、「もうだめだから」という意味の諦めではなく、「理想は違うけど、現実ではそういうことがあっても当然だし、仕方ないよな」という考え方をするようになれるだけで、すごく肩の力が抜けて、楽になれるはずです。

 私のサイトに不満を持っても、我慢せず、諦めてくださいね(笑)


戻る

トップへ戻る