※下記の記述内容には、主に米国での統計データや報告などが多く含まれています。必ずしも日本の現状にあてはまらない事柄もあると思われますので、あらかじめご了承下さい。
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BPDの概要
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| 境界性人格障害(Borderline Personality Disorder略してBPDとも呼ばれます。最近では一般の方向けに「ボーダーライン」という呼び方をされるドクターが多くなりつつあるようです。「ボーダー」や「ボダ」などは俗称です。なお「人格障害」という語感が誤解や偏見をまねく恐れがあるということで、精神疾患の診断と統計マニュアル第4版テキスト修正版DSM-IV-TR日本語版2003年8月新訂版から邦訳が「境界性人格障害」から正式名称「境界性パーソナリティ障害」と修正されました。また、境界例
Borderline Caseとほぼ同意ですが、旧来の境界例に相当するものは境界性人格障害よりも失調型パーソナリティ障害<旧称:分裂病型人格障害>に近いと言われています。)とは元来(境界例という言葉が頻繁に使われていた頃)は神経症と精神病、とくに統合失調症(これまで精神分裂病と呼ばれていましたが、2002年の夏から統合失調症と名称変更されました)との境界領域のことを指していました。しかし最近ではむしろうつ病、躁うつ病をはじめとした気分障害(感情障害)との関わりのほうが強いのではないかといわれ始めました。なお、「境界線人格障害」や「境界型人格障害」、「境界例人格障害」などと呼ぶ方もいらっしゃいますが、正式な日本語の診断名称ではありません。ちなみに、DSMではなく、WHO(世界保健機関)のICD-10(国際疾病分類第10版)を使われる精神科医の方もいらっしゃるようですが、この分類の中ではF603「情緒不安定性人格障害」の「境界型」に分類されます。
なお、昨今メディアで毎日のように伝えられている児童虐待などを受けた児童は、将来BPDになる可能性が非常に高いと言われています(BPDの世代間伝播といいますが、遺伝なのか生育環境がそうさせるのかは意見が分かれています)。そのため、最近ではBPDはPTSD(外傷後ストレス障害)の一種ではないかともいわれています。実際に、PTSDと診断された人の約半数がBPDの病理が認められています。とくに何らかの虐待を過去に受けていた場合、解離性同一性障害(多重人格)や健忘(全生活史健忘を含む)といった症状、つまり自分の行動や経験のある部分を切り離して忘れてしまったりといった症状を併発することもあります(ちなみに解離性同一性障害=多重人格は、人格障害のカテゴリーには入っていません)。解離性同一性障害と診断された人の80%にBPDが併発しているという報告があります。しかしこうした発達要因に関する実証的研究は極めて乏しく、むしろ遺伝的要因(とくに気質的な側面など)、生物学的要因(とくに脳生理学的な側面など)が与える影響が大きいことも次第にわかってきています。たとえば、BPDに頻繁に見られる激しい怒りに関しては、感情の源といわれる脳の扁桃体の異常が原因ではないかと推測されています。また前頭葉に代謝の低下が見られることがわかっています。町沢(2006) 症状としてときに抑うつ、一過性の精神病状態を呈することもあり、症状が定まらず多様化しているのが実状のようです。一般的には、自分の起こした衝動的な行動などを後悔し、抑うつ症状を示すことがとても多く、若い女性などでは神経性無食欲症(拒食症)または神経性大食症(過食症)、嘔吐などの摂食障害を併発するケースも多いようです(摂食障害と診断された人の半数がBPDを併発しているという報告があります)。また、分裂病(統合失調症)の場合のような妄想や幻覚というものはほとんど見られず、オカルトや宗教、特定の芸能人や文化人などを盲信するなどのケースが比較的多いという報告があります。BPDが一つの臨床単位(病気、障害としての診断名)となったのはごく最近のことなので、精神医療の現場でも、まだこれといった定まった治療法もなく、暗中模索の状況で、経過や予後に関してもまだまとまった見解が得られず試行錯誤し研究段階といえます。 しかしながら、米国の最新の研究では、脳内神経伝達物質であるセロトニンの代謝となんらかの関係があるらしいということがわかってきています。実際に、BPDの患者さんの20〜40%の人にセロトニンの分泌異常が見つかったという報告があります。また、虐待を受けたBPDの患者さんやPTSDの患者さんに大脳辺縁系の海馬の萎縮が見られるそうです。これは、こころの傷は脳をも傷つけることを意味しています。なお、抗うつ剤などの投与によってもセロトニンは増やすことができますが、心理療法(カウンセリング)によってもセロトニンが増えるという報告があり、セロトニンを増やすことで大脳辺縁系の海馬の萎縮が抑えられると実証されています。この意味でも、BPDの治療には、カウンセリング(心理療法、精神療法)は欠かせないものと言えるでしょう。ちなみに、セロトニンは気分をリラックスさせる働きをする脳内物質です。セロトニンの前駆物質はトリプトファンというアミノ酸ですが、牛乳やバナナなどに含まれています。サイト管理者komorebiは、セロトニンは抗うつ剤に頼ってばかりいると自分で生成できなくなると考え、ナンバ歩きという歩き方で散歩を5〜10km毎日しているのと、たまに日光浴、坐禅、呼吸法、チューンガムの咀嚼、10〜20分程度、プール、スポーツジムを1時間程度しています。これらは脳幹を鍛えることでセロトニンを自己生成することができるので、いまではもう数ヶ月抗うつ剤は服用せず、気分も穏やかになり、怒ることもうつっぽくなることも激減しました。 一般的に治療は長期化する(通常5年以上といわれており※ザナリーニの報告では6年で4分の3が寛解する)ようですが(ただし町沢のデータでは、1年間で20〜30%治癒するとされている)、らせん状に一進一退の治療過程を経ると、加齢とともに症状が消失していくという見解がこれまで一般的です(35歳を過ぎる頃から軽快し、40歳以上の患者さんはかなり少なくなるという報告がありますが、さらに最新のデータでは中高年のBPDの患者さんも増えているようであるという指摘もあります。なお、加齢によって症状が治まると言われている理由としては、自然治癒力と衝動的エネルギーの枯渇によるところが大きいと言われています)。また、症状を抑えるという点では対症療法的ではありますが薬物療法がある程度効果があることもわかっており、ほとんどすべての患者さんがなんらかの薬物療法(強力精神安定剤<メジャートランキライザー>、抗不安薬<精神安定剤>、抗うつ剤、気分安定剤のなど投与)を受けているという報告があります。なかでも抗うつ剤のSSRI、SNRIが一部のBPDの患者さんに劇的に効くという最新の報告があります。また、非定型抗精神病薬や気分安定剤(デパケン、テグレトール、リーマスなどがわりとよく効くといわれています)、クロナゼパムなどが有効なケースもあるという報告もあります。これらの報告によって「BPDには薬は効かない」という説は部分的にではあっても打ち消され、否定されたと言っても過言ではないでしょう。 たとえ対症療法的であるとはいえ、薬物で情緒不安定や衝動性、抑うつなどはある程度抑えられるので、冷静に自分の行動を見つめるためには薬物療法は欠かせないと言えるでしょう。なお、BPDの回復期には、一過性の自己愛性人格障害を経るケースが多いという報告があります。ちなみに、予後についてのアメリカでの追跡調査では、最終的には症状が治まって健全に社会復帰しているケースが数多くある(10年以上の経過研究で約3分の2の患者さんが比較的良好な社会適応をしている, McGlashan,T.H.)ことも報告されています。また我が国の調査でも約6割が良好な予後を示したという報告があります(町沢)。最終的な治癒に至らなかったケースの多くは治療からのドロップアウト(逃げ出し)が原因であると言われています(治療を始めた約半数は半年以内に中断してしまい、治療終結まで治療を継続できたBPDの患者さんは10人に1人であったという報告があります)。また、残念なことに約1割(10%)程度のBPDの患者さんは、自殺に至ってしまうという報告があります。ちなみに、社会復帰に関しては、他人のこころに敏感な人が多いので、心理職、福祉職、看護職に就く人が多いという報告があります。また優れた知性と芸術的な素質に恵まれていることも多く、創造的な分野で成功している人も多くいます。 心理的治療(主にカウンセリング)としては、精神分析療法などによる幼児期や過去のトラウマの解消や自我の再構築(育て直し)などのほか、批判と拒絶に慣れる行動療法や極端な認知や思考の歪みを修正する認知療法、とりわけ最先端の研究では、家族療法とくに周囲の関係の悪循環を変化させるシステムズアプローチ、極端な二分法的思考を統合する弁証法的認知行動療法などによっても治療成果を上げてきているようです。弁証法的認知行動療法の創始者マーシャ・リネハンは、その方法論の根本に「禅」の思想を用いています。禅僧はセロトニンと生命力に満ち満ちていて境界性人格障害やうつ病と対局にいる存在です。機会があれば「禅」の考え方に触れてみることをおすすめします(玄侑宗久さんという禅僧の作家さんの本がおすすめです)。うつ病はしかし、行動化や衝動行為が著しい場合や自傷他害の恐れのあるような場合などは、必要に応じて入院治療が必要なケースもあります。多くは本人も周囲も悩んで精神科への通院治療が開始されますが、本人に病識がない場合や治療を拒むケースもあり、この場合、通院、入院ともに来院させるまでの導入が難航しがちです。このような場合は、家族や周囲の人が代理診察を受けてアドバイスをもらうか、精神保健福祉センターや保健所などの精神保健福祉士の方にまずは、ご相談になるといいでしょう。 また、「人格障害」という言葉に抵抗や悪いイメージを持ったり、ショックを受けたりする患者さんやご家族も多く、医師も患者さんや家族への配慮などからあえて「○○人格障害」という診断(名)を告知することを避けることも多いようです。「○○人格障害」と診断したところでそれが必ずしも治療にプラスに結びつかないと考えて告知しないケースもありますし、BPDという精神障害自体を説明することが難しいので診断名の告知を控える医師も多いようです。ただし、患者さんと医師との関係が安定していたり、患者さん本人にそれを受け入れるだけの余裕があるとみなされた場合、直接告知が行なわれることもあります。ちなみに最近の傾向として、BPDという診断名をつけられたり、告知されることをむしろ望んだり、ほっとしたり、喜んだりするケースもあるようです。 ちなみに医学界でもBPDを人格障害と位置付けること、また人格障害という概念そのものに根強い反発があると言われています。LinehanとKoerner(1993)は、彼らの治療経験からBPDを人格障害というよりむしろ情動コントロールの障害であるとしています。高岡(2003)は、人格障害は一方的に輸入された概念で、「気違いじみた」「こきおろし」など適切でない翻訳も多く、ある種の「モラトリアム」や「自分探し」を必要とする人たちの多様な価値観の一切を個人の病理へと還元し、社会や共同体は治療か排除かの二者択一を迫るようになった、と人格障害概念の無批判な輸入を批判しています。(ちなみに当サイト管理者komorebiは、BPDの臨床像は固定したものではなく、状況によって変動する「情緒や行動が不安定な状態」が最大の特徴であることから、Emotionally Unstable State=「情動不安定状態」、あるいはBorderline State=「境界状態」という名称が適切ではないかと考えています。) いずれにせよ、直接的な診断名を明らかにされないような場合、医師の良心からの判断や混乱を避けるための判断だと捉え、病名、診断名にあまりこだわらずに、症状の改善にのみ専念するのが賢明です。ただ残念なことに、医療関係者のなかには、BPDの患者さんは治療者を巻き込んだり振り回すので扱いづらい困った人たち、という認識がある場合もあり、治療関係を結ぶことに意欲的でないこともあるのが現実のようです。これは、ある場合は事実であっても、誤解や偏見であることも多分にあります。可能であれば、BPDの治療に意欲的な医療機関で治療することが望まれますが、むやみに主治医を変えるべきではありません。自分の要求を適切な言葉で正しく理解してもらうという努力やその過程自体が、BPD治療にはとても大切なことが多いからです。(なお、BPDの治療に意欲的な医療機関のリストは当サイトのリンクのコーナーにあります。) 精神科医や医療機関が、BPDの患者さんの通院や入院に否定的となる別な理由の一つとして、統合失調症の患者さんとの関わりについての問題が挙げられます。統合失調症の患者さんは、極めて対人関係が閉鎖的、内向的で、おとなしく独りで殻に閉じこもって自分を守ろうとするので、気安く衝動的に対人関係を結びたがり、またときに強引に情緒的な駆け引きを求めるBPDの患者さんと極めて対照的で、ときに統合失調症の患者さんの治療に悪影響を与えかねません。それを危惧するような場合、精神科医や医療機関から治療拒否などをされることがあるかもしれません。そのような場合は、その精神科医や医療機関には関わらないで、別の精神科医や医療機関を探す方が賢明です。BPD治療で自信を失い辞めていく精神科医も多いようです。ちなみに、精神科医やカウンセラーの間では、BPDをまともに診ることができるようになれば、どんな精神疾患にも適切に対処することができるようになると言われているくらい、BPDはあらゆる症状を呈する可能性をもつものであると同時に、BPDの患者さんを好意的、意欲的に診てくれる精神科医や医療機関は、真の意味で実力があると言えるでしょう。 なお、患者さん自身の努力としては、他者との葛藤や愛憎関係を相手の立場や気持ちになって、その人のいろいろな側面、自分自身の理想と現実、好ましい部分と好ましくない部分、などいろいろな側面を自覚、認識し、受け入れ、抱きかかえ、乗り越えていくこと、辛いこと、苦しいことに耐えることを学んでいくことが重要です。つまり噛み砕いて言えば、自分に対しても他人に対しても思いやりと愛情を持てるようになることが回復の目標です。余談になりますが、BPDの患者さんは75%が女性でしかも20代に多いということから、頼りになり安心できる男性の恋人ができたり、結婚相手ができると急速に回復に向かうことがとても多いようです。しかし、信頼していた相手の男性に裏切られたり、見捨てられたりしたときのことを思うと、恋愛は薬にも毒にもなるのでしょう。 また周囲の方(最近ではノン・ボーダーと称されるようです)の患者さんへの対応としては、周囲がまず安定し幸せになることです。患者さんはそれを見習い、やがて取り入れ、安心して健全な精神を取り戻します。穏やかで安心感が持てる家庭や職場、学校を築くよう努めて下さい。犯人探しも禁物です。また、患者さんの欲求や一人になることへの不安に対して共感的理解を示す一方で、明確な限界を設定し(例えば夜何時以降は電話しない、ここまでは許せるけどこれ以上は許せない行為だ、など※これらは「限界設定=リミット・セッティング」と呼ばれ最近とくに重要視されています。)、一貫性のあるはっきりとした態度を維持することがよいとされています。つまり、健常者に対するものと同じような常識的な対応が必要です。「できることをやり、できないことはやらない。深追いはせず、拒絶もしない」というのが長続きするコツであると藤山(2006)は述べています。また、知らず知らずのうちに周囲が患者さんを依存的にさせ(とくに母親または母親的存在による過保護、過干渉)、無理な要求などをエスカレートさせてしまうケ−スも多いので、適切な距離感と客観性を保つことが重要です。また、言動や行動などがコロコロと変わり予測がつかないこと、頻繁に常識を逸脱するようなことを平然とやってのけてしまうことが多いので、そうした言動や行動に振り回されたり、一喜一憂していると周囲はへとへとになって疲れきって次第に対応もなげやりになってしまがちです。ノン・ボーダーの方の代表的な声としては、「何とかして助けてあげたい」、「実は自分も相当辛い」、「本当に病気なのだろうか」の3つが挙げられるそうです。まずは、周囲の方々はご自身のこころと身体を少しでもゆっくりと休ませてあげてください。 「大っ嫌い、行かないで」がボーダーの最大の特徴です。それは、安らぎへの希求と不安定な状況への嗜癖性という相反するこころの状態の並存を意味します。周囲は、その言動に振り回されず、大地のように動じず、そばに寄り添い、味方であることを永遠に訴え続ける努力が必要です。動じない=存在を認めないということではありません。動じないことで、ある程度の攻撃を受けるかも知れませんが、それを上手にかわしていく方法を見つけだすように努力してください。「BPDの患者さんから向けられた言動は、あなたへの個人攻撃とは取る必要はない」ということを理解すべきだと言われています。なぜなら「彼らは現実と空想の区別がつきにくいところがあり、目の前のあなたに対して投げかけている言葉でも、あなた以外の誰かを心の中に思い浮かべて言っている可能性があるから」だそうです。 具体的には、自分がとても理不尽なことを要求されていると感じたら、いきなり遠ざかるのではなくて、時間的にも距離的にも少し間を置いて接してみることです。目安としては「遠すぎず少し近め」がよいとされています。イギリスの精神科医のバリントはBPDの患者さんへの対応について、「大地のように、水のように、患者さんに接し、地のごとく支え、水のごとく浮かべ、患者さんの激しい行動に耐えていると、いつしか患者さんは新しい出発点に立つかも知れない、そうはならないかもしれないが少なくとも害はない」と述べています。また、「BPDの患者さんに対しては壁(あるいは鏡)になれ」とか「目の前に落とし穴があっても、それに気付かぬ振りをして患者さんがそこに落ちても自力で這い上がるのを暖かく見守れ」などといった心構えを持っている治療者も多いようです。 いずれにせよ、激しい言動、行動にばかりに目を奪われず、こころの底を見つめ、こころの裏の隠されたメッセージに耳を傾ける姿勢が何よりも重要だといえます。自傷行為、自殺企図などが見られた時も、周囲の方は、下手に慰めたり、励ましたり、叱ったりせず、何も言わずただ側に寄り添ってあげたり、抱き締めてあげて下さい。彼らは、そうした穏やかで暖かい愛情を求めているのです。周囲は、甘やかすことと愛情を注ぐことの区別さえしっかりつけることだけ心掛けていればいいのです。本人に治そう、良くなろうという意志さえあれば、BPDは必ず治るものです。どうか、希望を持って、安心して下さい。 (人生では、自分の思い通りにならない現実にぶちあたる場面がたくさんある。そのとき、どうするかでそいつの人間性が明らかになる。すべてはおまえ自身の決断にかかっている。『ドラゴン桜』より) なお著明な人物では、太宰治、尾崎豊、ヘルマン・ヘッセ、マリリン・モンロー、ダイアナ妃などがBPDであったと言われています。
![]() なお、人格障害(パーソナリティ障害)は米国精神医学会の精神障害の診断・統計マニュアル<最新のDSM-IV-TR日本語版2003年8月新訂版>では下記の10のタイプに分類されています。しかし、人間のパーソナリティ(性格、人格)には個人個人に偏りがあって当然で、正常と障害を区別するのは極めて難しいものです。ボーダーラインスケールなどの手軽なテストもありますが、自己判断ではなく、精神科医などの専門家によって客観的視点から多面的に観察してもらい、相応の時間をかけて診断を受けるべきです。
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BPDの特徴
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| ■年齢および性別に関する特徴:(1)自我同一性の問題を抱えた青年は、一時的にBPD (以下BPD)であるかのような過った印象を与えることがある。(2)明らかに女性に多い(約75%) ■有病率:一般人口の約2%、精神科外来患者の約10%、精神科入院患者の約20%と推定されている。人格障害をもつ患者の30%から60%はBPDである。(DSM-IV-TRより) ■経過:BPDの経過はかなり多様である。最も一般に、青年期から成人期早期までは慢性的な不安定さが続くが、この疾患による障害と自殺による危険性は成人でも若い時期に高く、加齢とともに低くなっていく。そしてこの障害をもつ患者の大部分は、30歳代や40歳代になれば、対人関係も職業面の機能もはるかに安定してゆく。 ■家族表現様式:BPDの患者の第一度親族には、一般人口に比して、この疾患が約5倍多くみられる。また、物質関連障害、反社会性人格障害、および気分障害の家族的危険性も増加する。 ■鑑別診断:BPDはしばしば気分障害と合併するが、両方の基準を満たす場合には、その両方を診断できる。他の人格障害は、ある種の特徴を共有するために、BPDと混同されることがある。患者がBPDに加えて他の一つ、またはそれ以上の人格障害の診断基準を満たしている場合には、合併して診断を下すことができる。各人格障害との鑑別点を挙げると、
(以上『精神医学ハンドブック』p185-187, 創元社, 1998 より引用) |
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BPDの診断基準
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精神障害の診断・統計マニュアル<DSM-IV >(米国精神医学会)
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管理人komorebiからのコメント
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| 現代人は、人間というものが不条理な存在、いろいろな欠点を抱え、完璧ではない生き物であるということを忘れがちな気がします。偏差値教育や競争社会、デジタル文化に慣らされ、知らず知らずのうちに自分の価値を過大評価したり、過小評価したり、つまり白か黒か、100か0かで自分を判断し、自分が何のために、誰のために生まれてきたのかわからなくなってしまいがちです。また、小さい頃から快楽を受けることだけを求め、人に与えることの喜びや、辛いことを乗り越えることの喜びを知らずに育ってしまったところがあります。会社人間で結局会社に使われ給料配達人となってしまい人生を教えてくれなかった父親、そんな父親をこころから愛せなくて結婚を後悔し子どもに過剰に期待する反面独立して自分から巣立つことを恐れる母親、欲と金にまみれ混乱し理想を見失った国家や政治、人間はひとりひとり違うというあたりまえのことを教えてこなかった学校や社会、そんな環境の中で育ち、自分自身を見失ってしまい、自分自身の個性を病的にしか表現できなくなってしまった若者。そんな世代が潜在的に誰でも共有している気分、それがBPDの背後にある気がします。BPDは、特別な病気ではありません。いや、病気といえるかどうかもわかりません。社会のキャパシティ、文化的なふところが広ければ、もしかしたら障害とも呼べないものになっていたかもしれません。だからといって、社会や周りの人を非難するのは簡単です。人生は、成長だ、前進だ、進歩だととかく考えがちですが、ときには立ち止まったり戻ったりつまずいたり間違ったりしたっていいじゃないですか。あまり自暴自棄にならず、あなたにとって何が価値あるものか、ゆっくり考える時間とゆとりを持つよう心掛けましょう。BPDになったとき、それはあなたが新しい自分に生まれ変わるきっかけを見つけたことを意味するのかもしれません。誰にも経験できない貴重な経験を活かせる日がきっとくると私は信じています。 |