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私はこれまでに精神療法(心理療法)としては、自律訓練法、精神分析療法、認知療法、行動療法などを受けたことがありますが、うつには認知療法がある程度効果があったと思います。しかし、数年前から私の病気は典型的なうつ病ではなく、人格や発達の要因が絡んだborderline personality傾向(DSM-IV axis-II)のある特定不能な気分障害(DSM-IV axis-I)あるいは、情緒不安定性人格障害[境界型](ICD-10 F60.3)であると複数の精神科医から診断を受け、5年程度の精神分析療法による治療が必要であるとの結論に至り、2001年9月より2005年3月まで精神分析療法家による精神分析的精神療法を受けました。また、2006年3月から新たに別の精神分析療法家による精神分析的精神療法を受けはじめる事になりました。以下は、精神分析の治療場面で何が行なわれたかを患者である私自身が記録したものです。こちらも精神分析ではどのようなことがおこなわれるのか、またこれから精神分析を受けたいと思われる方のためにご参考までに私の場合の面接風景をお伝えできればと思います。

精神分析について詳しくは「精神分析のページ」へ

※なお、記述内容について、komorebiの記憶だけをたよりに記録しているので、実際の内容と多少ズレがあるかもしれませんが、あらかじめご了承下さい。

(1)精神分析的精神療法1回目(2001.1〜2005.3) /女性セラピストによる
回目
年月日
内容
1
2001.1.5

昨年3ヶ月やった自分史回想の印象を先生からフィードバックされた。批判的な周囲のイメージが厳しい父親像とかぶり、過酷な抑圧を強いてくる凝り固まったイメージの「型」となっていているのではないかと想像された。一方、安心できる場として、特定された人間や環境が、何でも許す母親のイメージとなり分離不安を生じさせているのではないか、とのことでした。 入院中主治医が語った「いい子と悪い子」「理想化と失望」のテーマともかぶる。今後はそれらの中和、統合などを、何年間という時間をかけて行なっていきたいとのことだった。

2
2002.1.12 「何か行動に移す前に立ち止まって考えてみること」が必要だと先生に指摘され、そのことについていままでの自分のケースを回想した。思いついた瞬間に衝動的な行動をとってしまう癖があるのと、言葉で表現できないものを行動や態度で表現しようとする癖、言動と行動がバラバラになる癖などが自分にあることを再認識した。とくに、あるアクションを起こしたあと、その行動が自分に有利に働くのか、不利になるのか、相手や周囲にどんな影響を及ぼすかなどを洞察できるようにしようということになった。
3
2002.1.19 カウンセリングの先生が、精神分析の中でも対象関係論が専門で、スーパーバイザーが複数いることがわかった。またこの面接は「精神分析的精神療法」と呼ばれているものだということを教えてもらった。この場では、1)行動のパターンを一つ一つ、その時その時考えていき、事前に適切な対応ができるようになること、2)自然に1)を進めつつ、無意識のレベルまで掘り下げて洞察を深めていき、3)最終的に僕自身が楽になること、が目的であることを確認した。また、僕の問題が、1)日常生活で周囲(家族、友人、職場、その他の他者)との対人関係の場面であらわになる問題(=周囲から押しつけられたり、批判されたり、拒否されたり、無視されたりということで生じるトラウマのレベル)と、2)日本の文化や国家、社会風土などへの適応、順応の問題(日本社会から孤立している、疎外されている、認められていない、日本の集団主義に馴染めない、などというある種のルサンチマンのレベル)の2つの層に分けられて、両者は密接に関わっている場合が多いのではないかという洞察が行なわれた。
4
2002.1.26 先週先生に勧められて購入した『境界例と自己愛の障害』(1998、サイエンス社刊)を読んでみた感想を少し話した。次に家族関係、主に妻に関して抱いている感情を、具体的なエピソードを交えながら語った。妻が「聖母」に見える時と「般若」に見える時がある、など。嫌悪や憎しみ怒りなどの感情と安心、信頼、愛情などの感情が極端な時はほんの一瞬で交代することがあり、そのどちらが自分の本心なのかわからなくなる。先生は、そのどちらもあなたの本心ですよ、と明確化と自己受容を要求してきたが、はいわかりましたと長年かけて形成されてきたスプリッティングをその場で受容、統合できるものでもない。次回、あらためて治療の枠組みとこの「場」でしようとしていることの再確認をしようということで面接は終わった。
5
2002.2.2 交流分析の話から私がここ10年以上にわたって200回以上エゴグラムをとってみて、CPとAはほとんど変化なくNP、FC、ACが激しく振幅していることを語った。エゴグラム自体そもそもフロイト精神分析理論の超自我(Parent)、自我(Adult)、イド/エス(Child)に対応しているものなので、精神分析の面接でも何かの参考になるかと思ったからだ。結論として、僕のなりたい姿あるいは自分らしいと感じている姿はなだらかな山型のエゴグラムで、そのほかにNP、A、ACが高くCP、FCが低くなる「殉教者型」とCP、A、FCが高くNP、ACが低くなる「ドンファン型」のいわば三重人格のようなところがあるとわかった。私が情緒不安定な興奮状態で傍若無人に振る舞う時はドンファンが現れ、好意を寄せ理想化した対象に繊細で優しく振る舞う時などは被虐的な殉教者が現れるようである。しかしながら、いずれも居心地が悪く感じるのは、本来の伸び伸びとした山型の姿を抑圧しているからのようである。
6
2002.2.9 他者、とくに自分にとって大切な人と安心でき安定した交流が途絶えると、被害妄想を抱くことについて。その内容は、自分は批判された、拒否された、無視された、拒絶された、見放された、見切れらた、見捨てられたのではないか、という思いから、時間的経過とともにそうに違いないという確信に至り、極度の不安や怒りがこみあげてくるというもの。そのシチュエーションは、恒常的ではなくある限定された場面に直面した時に起こりやすいことが先生から指摘された。それは、幼少〜児童期に両親の寝室に私のベッドがあり、数年にわたって頻繁に繰り広げられる両親の原光景(性交風景)をベッドの中で息をひそめて聞き入り、またときに目にしていた体験の擬似的な顕在化とその時の心理状態の再現ではないか、と解釈された。「自分より大切にしているものがあるんじゃないか」という無意識からの内的な声が自分を不安や怒りに駆り立てるが、その声を言葉にすることへの禁止が、ときに衝動的な行為を引き起こすのではないかと。当時は夜尿という声なき行為、身体表現で両親の行為の中止あるいは自分への関心を訴えた。今回の分析と洞察は自分としてはかなり納得のいくものであった。いずれにせよ、穏やかな自他受容ができるようになるまでに、5〜6年は精神分析を継続的に行なわなければならないだろうと、入院していた時の主治医と同様の見解があらためて告げられた。
 
2002.2.16 <お休み>
7
2002.2.23 今回は、うつや不安、ボーダーの見捨てられ不安など多岐にわたる症状の原因の中核をなしているのは実は幼少期の父親との関係ではないかという仮説を先生から説明された。問題が複雑多岐に絡み合っているものの、中心となっているのは先日述べられた原光景のほかに、父親の養育態度や何らかの期待と、私自身が父親に受け入れられていない、耳を傾けられていない、見捨てられるのではないかという不安を長年抱いてきたことからすべて派生しているのではないかとのことだった。とりわけ2、3歳の頃、絵筆を無理矢理握られて絵を描かされたこと、お下げ髪にボンボンをつけて女の子の格好をさせられていたこと、学童期に父の買ったジャンパーを着なかったことでそれを目の前でハサミで切り刻まれたことなどから基本的信頼感が欠損している可能性が指摘された。また、同性の人間に対してよほど信頼している親友でもないかぎり、二者関係とりわけ一定時間以上の対話を必要とするシチュエーションが至極苦手なことも、父子関係のディスコミュニケーション、ミスコミュニケーションが原因ではないかと推測された。
8
2002.3.2 バイト先でちょっとしたコミュニケーションミスによりとても働き辛い状況になってしまったことについて。また、病気、体調不良が原因の遅刻、欠勤について。こういう場合はどういう行動をとってきたか、こういう時は、どう感じたことが多かったかなど、ケース別に仮定法で行動分析をした。朝、出勤がおっくうで休んでしまいがちなことについて、朝はやく始まる会社の時間に身体をチューニングしていくのは長い目で見て身体によくないので、フレックスや午後出勤の仕事などを探す方向で就職活動を行なった方が身体に負担が少なくてよいであろうことなどが語られた。
 
2002.3.9 <お休み>
9
2002.3.16

バイトを辞めてしまったことについてと怒りについて。バイトの辞め方について妻からきついことを言われて、怒りが爆発してしまったことに関連して、妻に対して、父親の嫌な面と理想化した面を投影してしまっているような気がすることを語った。小さい頃父がけだもののような顔をしてよく怒鳴っていたことを回想。また、鏡が恐くて直視できないことについて、自分の現実の姿を直視し、受け入れるのが恐いのではないかとのこと。これについては、自分としては直面する覚悟ができていることを告げたが、鏡の中にけだものの顔が見えるのではないかという恐怖とつながっていることを語った。また、これまで権威的な人物に可愛がられることで、自分のスタンスを取ってきたが、それがこの歳になってうまく機能しなくなったことについて。関連して、父はけだもののようなとき以外は、ベッタリとした一方的な愛情を注ぎかわいがってくれたこともあり、自分の中でそのダブルバインドが統合されずに混乱していることなどを語った。

10
2002.3.23 妻との喧嘩について。先日、妻が電話口で冷たい口調で対応したため、無言で激怒し、壁などを殴ってしまった。どうしていつもこういう反応になってしまうのか、自分でも理解できない。自分は妻の態度に腹を立てているはずなのだが、それを言葉に出して言えないし、言葉で怒れない。感情には良い悪いはないはずなのに、怒りだけはマイナス感情であり、またそれ以上にみっともない、むき出しにしてはいけない、人が怒っているのを見るのも嫌だととにかく怒りに対し異常なまでの嫌悪感と恐怖感、苦手意識がある。怒りは理性より先に直感で感じ、反応することがあるので、理性では逆の表現をしたり、怒りをぐっと抑えることが多い。もうそうすると一度腹にしまったものは、言葉に出して怒れない。方法がどうもよくわからない。身内以外は、怒りを出さなくて済むような友人を持ったり、つきあいを保ってきた。普段見たくないもの、恐れているもの、避けているものこそが怒りであり、そのツケが爆発したり、キレたりするかたちで現れてしまう。自己主張トレーニングなどはどうかと先生に聞いたら、そういうものでどうにかなるレベルではないそうだ。先生もなぜそんなに怒りが恐いのか、怒れないのか首をかしげるばかりであり、次回に持ち越すことになった。
11
2002.3.30 先週に引き続き、怒りの問題について。怒りを感じたとき、言葉にならないのは、まだ言葉のしゃべれなかった幼児期に一時的に退行してしまっている可能性があるのではないかという仮説を立てた。その瞬間、いったい何が怒りの抑制になってしまっているかという点に焦点を絞って、今後さらに洞察と分析を進めることになった。次に別の視点から、komorebi家の家族は、何かを相手に伝えようとするときに、よく母をハブのように(ヘビじゃないよ〜)あいだに挟んで、伝言ゲームを始めてしまうという点に着目した。その心理には、自分が直接的に傷つきたくないという自己愛的な防衛機制がはたらいているのではないかということ。また、相手や自分の嫌な面を見たくないという気持ちについて、それをすべて受け入れるためにはどうしたらいいのかという話題。そもそもすべてを受け入れるべきだ、という認知に無理があるのでは、という視点をもつことも時には必要かもしれないという認識が得られた。
12
2002.4.7

めずらしく面接の10分前に待合室に着いていたことについて、何か特別な理由があるのか先生に尋ねられたが、朝早く起きられたこと以外に理由は特にないと述べた。精神分析を始めて(生育歴の回想の3ヶ月も含めて)半年になるが、先生も僕自身もお互いになにか物足りなさを感じているという話になった。お互いが言葉を選んで理性的に微妙な距離を取りながら直近のトラブルや困ったことなどを話題にしつつも半年が過ぎてしまった。先生から「あなたはどうしたいのですか?」「ここに何を求めていらっしゃるのでしょう?」といったわりとコアな質問をされ、「話すことでカタルシスになっている」「先生と話していることで気づかなかった自分の行動に気づけるようになった」といったちょっと精彩を欠いた返答しかできなかった。サイト運営などを通して得られるものと面接で得られるものは性質が違うことも説明したが、それもあまり明確に答えられなかった。そこで、僕が大学時代に北山医院で受けていた精神分析を引き合いに出し、その経験がひどく厳しく辛い経験だったので、精神分析はそういうものだというイメージを持っていたが、先生はあまり厳しいことをおっしゃらないので、物足りなさを感じているんじゃないかというようなことを述べた。また「先生にもっと切り込んできて欲しい」という要望を伝えると「komorebiさんらしい受け身な感じですね」と言われた。また僕自身は仮面でも、鎧でもみんなかなぐり捨てて、この面接に覚悟を決めて臨んでいるつもりだと伝え、「先生は僕に対してなにか腫れ物にさわるような感じですか?」と尋ねると、そういうわけでもないとのこと。先生と僕との関わり方、面接の目的などについて、再度次回に持ち越すことになった。

13
2002.4.13 カウンセラーの先生が、僕のこれまでの話しから、僕の周囲の人間関係やそれにまつわる感情などを、父親的なものと母親的なものに分け、マッピング(図示)して見せてくださった。それを見ながら、ここは違う、ここはかなり強い感情を持っているなど、修正や強調などをして自分の意識と、先生の認識の擦り合わせをおこなった。比較的抽象的な話しに終止していた治療関係が、これによってかなり具体的になった気がする。引き続き、こうした方法で問題点の洗い出しと整理を続けていくことになった。
2002.4.20 <お休み>
14
2002.4.27 精神分析記録をホームページ上で公開していることについて。面接の場以外に、治療風景を記述する場を持つことで、僕自身の精神的な均衡を保っているのか、しかしそれは現実と対峙、直面することを暗に避けようとしているこころの現れではないのか。しかしながらそれは僕にとって必要なものかもしれない。一方で、カウンセラーの先生はこの精神分析記録について、「精神分析ごっこ」をしているようだ、あるいは「嫉妬をしているかもしれない」と少なからず陰性感情を持っているのは確かなようで、このコーナーを続けて良いものか考えさせられた。僕としては、治療に真剣に集中したいので、もしこの精神分析記録が、治療のさまたげになっているのならコーナーを中断することもやぶさかではないことなどを告げた。少なくとも、カウンセラーの先生−サイト−僕という三角関係は、僕の私生活の中で頻出する状況に似た状況になっており、その状況を分析すること自体に意味があるということで、次回も引き続きこのテーマを扱うことになった。
15
2002.5.11 引き続き、先生と僕との関係性について。以降、テーマが非常にプライベートなことになるので、この精神分析記録に書けそうにない。簡単に述べれば、カウンセリングル−ム内で様々な転移、逆転移、投影性同一視、抵抗など、お互いの中で動きが出てきたこと、またそこに起こってきたことが僕のこれまでの周囲との関係性を象徴しているように見えることから、その「場」の分析、観察、理解にこそ意味があり、この状況を乗り越えれば治療に結びつくのではないか、という第一ハードルまでたどり着いたのではないか。
16
2002.5.18 前回同様、先生と僕との関係性、および治療目標について。このページに書ける限界まででお許し願いたいが、どうやら自分自身−距離のある表面的な関係−親密でベッタリした関係という三者関係を僕は意識的にか、無意識的にか作り出してしまう傾向があるようだ。自分以外の二つを皿まわしの皿に例えた。どちらかに熱中するとどちらかが空回りし、止まって壊れてしまい、自分も壊れてしまいそうになる。両方意識していないときはうまく動いているようだが、客観的に傍目で見ると辛そうだ。皿まわしをやめれば自分一人になれるが、皿は両方割れて自分も壊れてしまいそうになる。皿まわしを続けるべきか、やめたほうが楽になるのか、やめるタイミングはどうなのか、そもそやめられるのか、そんな話しになった。いずれにせよ、悩みを話してスッキリするというカタルシスで済むレベルではないということで、年単位で治療目標を立て直すこととなった。
17
2002.5.25 三者関係について、対象Aと対象Bどちらにも見放されたくないという心境が、原光景の再現ということで説明できるのではないか、という話しになったが、頭では納得できても、心底うなずけるものではなかった。僕の現状について、これまで半年以上観察してきた感想をカウンセラーの先生に率直に聞いてみた。典型的な境界性人格障害の患者には見えないということ、しかし病態水準は重いと感じていると説明を受けた。なお、境界性人格障害の理論などはあまり重要視していないし、実際あまり役に立たないと感じているとのことだった。僕の場合、ある種の凝り固まった思考、行動パターンがあるとし、それの理解、認識、把握することだけで5、6年かかるのではないかとの見通しが立てられた。
以降、面接の内容が非常にプライベートなことに関わることが多くなったので、誠に勝手ながら「精神分析記録」を一旦終了させていただきます。何卒ご了承下さい。 
100
2004.4.17 精神分析治療の面接回数が100回目を迎えました。治療目標もここ2年半ほどで2、3回変わりましたが、現在の治療目標および面接の主なテーマは、怒りや反発を含めたあらゆる感情を行動に移して表現するのではなく、言葉にして口に出すこと、また対人関係とくに女性との関係性について、相手に要求する前に自分でそれを満たす、あるいは処理、コントロールする工夫をすることです。2年半100回を超える精神分析療法と薬物治療のおかげで、確実に情緒がきわめて安定してきていること、落ち込みや傷つきや怒りを予測し、回避できたり、一時的に情緒不安定になっても、数日十分な休養を取ることで立ち直り、冷静な自分を取り戻せるようになり、治療の効果を実感しています。担当カウンセラーからも、「当初の予想をはるかに超えて早く良くなっている。5、6年という当初の面接期間の目標設定をもっと早めてもいいかもしれない」と言われました。これはあくまでも自己判断ですが、完全寛解、治癒、治療終結の日がまもなくやってくる気がしています。
115
2004.8.7

精神分析の担当カウンセラー(CP)から今後6ヶ月の経過推移を観察し、大きな問題がなければ精神分析治療の終結をしてもいいだろうと告げられました。この9月で3年、面接回数にして115回になるのですが、当初予定していた5、6年という治療期間の予定をかなり前倒しにしての早い終結になる可能性がでてきました。あくまでも、順調にいけばという話ですが、治療終結=BPDの完治のようなものですから、やはり嬉しい限りです。 カウンセラーの治療終結の見通しの判断理由として、1)うつ病は薬物治療で確実によくなっていること、2)社会復帰して順調に仕事ができるようになったこと、3)BPDにあてはまる要素がもはや見当たらなくなったこと、4)若干の極端思考があるが自分で自覚しコントロールできるようになってきていること、5)面接していて安心感、安定感が実感できること、などを挙げられました。半年後に完全に治療終結するか、2週に1回、月に1回など回数を徐々に減らしていくかは、今後またゆっくり話し合いましょうと言われました。
あと半年、頑張り過ぎずに頑張ろうと思います(*^-^*)ゞ

150
2005.3.12

約4年半続けた精神分析的精神療法が、この日をもって「治療終結」しました。治療終結に至った理由としては、1)もはや面接の話題になるような大きな問題がなくなったこと、2)現実、日常、社会生活上でも問題なく適応できるようになったこと、3)たとえ問題が起きたとしても自分だけの力でなんとか工夫をし、抱えることができ、客観的、現実的かつ冷静に対処できるようになったこと、などが挙げられました。アフターケアとして、治療終結後、徐々に回数を減らしていくということも、何度か検討されましたが、結局その必要もないでしょうということで、完全にカウンセリング自体を終わらせることになりました。不安がまったくないと言ったら嘘になりますが、これからは、自力で「こころの筋肉」をつけるエクササイズをしていきたいと思います。これまでの精神分析を振り返ってみると、精神医学や臨床心理学の教科書に書いてあるような、内的洞察と解釈を中心とするようなものではまったくなく、むしろ極めて現実志向の強い、目の前にある現実にどのようなわざと工夫を使って、抱え、向き合い、対処して行くことができるかといったことにとことんフォーカスしたものでした。結果的にそれが自分の自信につながり、また自分が繰り返す行動や思考のパターンに気付き、それを修正するのではなく、それを活かすことができるようになったような気がします。あらためて、精神分析を受けて本当によかったと思いました。


(2)精神分析的精神療法2回目(2006.3〜) /男性セラピストによる

回目
年月日
内容
1
2006.4.1

第1回治療契約。今後2〜3年、週1回のより本格的な精神分析的精神療法を行ない、さらなるパーソナリティの安定化を図ることになりました。1回目の精神分析が現実指向の強い対症療法的なタイブの精神分析であったのと対照的に、今回はより根源的なパーソナリティの偏りやわだかまりにフォーカスしていくことになりました。その背景には、私の精神状態が安定し、苦痛を伴う可能性がある直面化などに耐えうると判断されたからです。なお、治療内容についての詳細は、今後『komorebiのMyブログ』の中で紹介していこうと思います。あらかじめご了承下さい。

7
2006.5.27

本日にて、治療中断することになりました。理由は、このまま継続しても良くなるどころか、かえって症状が悪化すると私および家族が総合的に判断したからです。自分自身のフェルトセンスでこの治療者から感じ取ったものは、治療者が「あなたの奥深い内面」といってはばからなかったものが、私にとって非常に表層的なものであったこと。やはり、臨床経験の乏しい修士出の分析家は私にとって、あまりにも私の心の内奥をあずけるには、こころもとなかった、信じきるに足りるものがなかったからです。最後にこの治療者から「次に精神分析を受ける機会があれば、ぜひ1回1〜2万の本格的な精神分析を受けられることをおすすめします。」と言われましたが、当分ないでしょう。

 

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